2021-Week23 献血/慣れより工夫/浪費と贅沢/囚人のジレンマ/継続は力/ワクチン格差/RECORD STORE DAY/toi books/これからのビジョン

20210607 献血

梅田で健康診断を受診した。受診した病院はとても豪華な内装で、丁寧なアテンドにも感心したのだけれど、最後のバリウム検査で気分が台無しになった。汗を滲ませてゲップと戦いながらレントゲン台の上をのたのたと回らされるバリウム検査、いい加減もう少しやり方は工夫できないものなのか。

台の上でゲップをこらえるのに意識を集中していたら、体勢変更を指示する「右」と「左」の区別すらもつかなくなってしまい、先生をえらく不機嫌にさせてしまった。「ザ・老人」という立ち振る舞いをしてしまったような気がして、しょんぼりする。


午後に時間があったので、献血に行ってきた。コロナ禍の影響で献血が足りていないと言う話を聞いていたので行ってみたのだけれど、献血センターでは多くの人が受付をしていたので驚いた。どうやら行ってきた「阪急グランドビル25献血ルーム」は見晴らしのいい人気の献血ルームらしく、受付のタイミングによっては待ち時間が発生することもあるそうだ。

コロナ禍の平日に梅田で献血をする人たち。老若男女、色々な属性の人が集まってきていて、その集団には何の傾向も読み取れない。さまざまな社会的背景を背負っているだろう人たちが、ただ一人の「人間」として集まって、誰かのために時間を使って血を分け与えている。不思議な空間だ。

献血の良いところは、「ただ今まで生きていたこと」が誰かのためになるということだと思う。今日の私は血小板を提供した代わりに、自己肯定感を手に入れた。

体質によっては難しい場合もあるし、もちろん無理してやるものではないけれど、時間さえあれば気軽にできる社会貢献の一つだと思う。


久々の梅田は多くの店が開店していて、人出もそれなりには戻ってきていたけれど、やっぱり店内の客はまだまだ少ない。もちろん緊急事態宣言下なので、外出する人は少なくていいのだろうけれど、がらんとしている店内を見てしまうと、もっと客が多い方がいいだろうになと思ってしまいそうになる。気の持ち方が難しい。お店は開けてもいいけれど、客は出歩いたら駄目、というのは悩ましいジレンマだ。

20210608 慣れより準備

この一年の経験のおかげで、初対面の人とオンラインで会話するのにも慣れてきたなと思っていたけれど、今日は初対面の人と上手くコミュニケーションが取れなかった。

「何となくでできていることは、何となくでできなくなることがある」ということなのだ。そもそも不得意だという自覚があったのだから、ちゃんと準備をしておくべきだった。不得意は慣れでも解決できると思うけれど、慣れで克服したい場合は、慣れるまで何回か失敗することを甘受しなければならない。失敗できない場面なのなら、失敗しないための工夫を予め仕込んでおく必要がある。

失敗する前に工夫ができるようになることこそが「大人になる」ということなのだろう。大人への道は長く遠い。

20210609 浪費と贅沢

お金を使いすぎている。家計簿がそう言っている。

勉強のためだと思ってお金を使いすぎているし、本を買いすぎているし、音楽ライブの配信にお金を出しすぎている。コロナ禍において消費は正義だ! という思いに後押しされすぎているのかもしれない。ただ財布の紐が緩くなってしまうのは、ストレスが原因でもあるのかなと思う。ストレスがかかっていると、何か毎日に変化を求めがちになってしまい、何かしらにお金を使ってしまう……のかもしれない。なんでもストレスのせいにしがちなのは申し訳ないけれど。

そんなことを考えていたので、スーパーでキウイフルーツを買うとき、ゼスプリゴールドではなく普通のグリーンのゼスプリに手が伸びた。キウイフルーツは贅沢品だけれど、さすがにゼスプリゴールドはやり過ぎだろう、せめて節約せねばと思ったのだ。

ただ安い方のゼスプリを選んだという気持ちがあったからだろう、晩ご飯のデザートに一つ食べてみて、やっぱりゼスプリゴールドを買った方が良かったかなと後悔してしまった。上のグレードがあるのが分かってしまっては贅沢には浸りづらい。

中途半端に切り詰めてしまうと、折角の贅沢が不完全燃焼になってしまう場合がある。蛇口の捻り方は本当に難しい。

20210610 囚人のジレンマ

この夏から秋に向けて、これまで自粛していた類の色々なイベントが動き出そうとしている。いよいよ出口が近づいてきたような雰囲気を感じる。ワクチン接種の目途が立ってきたことが大きいのだろう。ワクチン接種率が先行している欧米は一足先に社会活動の再開を進めているけれど、あの欧米の光景が恐らく半年後ぐらいの日本の姿なのだと、みな期待しているのだ。ワクチンの存在が未来を照らしている。

最近は誰かに会ったときに、ワクチン接種を話題にすることが多くなった。そこで気になっているのが、ワクチンを打つか打たないかの判断を迷っている人が案外多いことだ。周りの人にはワクチン接種をして欲しいけれど、自分はどうしようか迷っている……という話を聞くこともある。

ワクチンによって集団免疫が得られるのかどうかは明確な指針がでていない? けれど、ワクチン接種をした人が増えることで地域の感染者数が減り、社会が動き出す余裕が生まれるのなら「私がワクチンを接種しなくても、周りが接種してくれたら社会は元通りに動き出してくれる」という考えが浮かぶのは自然だ。そうなると、ワクチン接種を周囲に勧めつつ自分はワクチン接種をしない、というのが利己的だけれど強い戦略になり得る。

ただ本来は、ワクチン接種は自分の身を守るためのものなので、利己的に考えたとしてもワクチン接種をするのが正解であると思う。ワクチンが怖いか、コロナウイルスが怖いか。影響と可能性を定量化しづらい比較だけれど、ワクチンがあるのにコロナウイルスに感染して重症になるリスクを、今更受け入れる気はない。ワクチンは人間によってコントロールできるものだけれど、コロナウイルスはコントロールができない、それが大きく違う。

20210611 継続は力/ワクチン格差

今夜のランニングは良いペースで走ることができた。特にペースアップを意識して走っているわけではないのだけれど、今日はいつもより一キロ毎で三十秒は速いペースで走ることができていた。嬉しい。ようやくランニングを習慣的にしていた頃の足に戻りつつある。エクササイズに必要なのはやっぱり継続なのだ。


先進国の首脳が集まって、ワクチンを途上国に供給しようと言いつつ、オリンピックを開催しようと同時に言っているのは、かなり気持ち悪いと思った。

日本がやると言ってしまったら、他の国はその発言に反発はしづらいのだろうし、日本で感染が広がったところでワクチン接種率が高い他の出席国にとっては大きな打撃にならない。ただこれらの動向を総合すると「途上国の皆さん大変でしょうけれど、我々は一足お先にオリンピックをさせて頂きますよ、ワクチンは準備しますのでお待ち下さいね」というメッセージになってしまっているのは問題だと思う。

途上国からはどれだけの選手がオリンピックに無事参加できるのだろうか? オリンピック精神はすっかりナンセンスなものとなってしまった。これからは商業的・特権的なイベントとして運営されるべきだろう。

ワクチンがコロナ禍においての救世主となったわけだけれど、同時にワクチンが国の格差をより大きいものにしてしまった。ワクチンを持っている国は強い。先進国が先にワクチンのメリットを享受できていることを、先進国の国民である私は否定できない。だけれども先進国としてもう少し、世界全体を慮った行動ができたらいいのにと思う。

20210612 RECORD STORE DAY/toi books

RECORD STORE DAYだ!ということで大阪に出かけた。久々にFLAKE RECORDSに行くつもりだったのだけれど、閉店時間が18時だということを知らずに空振りしてしまったので、梅田丸ビルのTOWER RECORDSに目的地を変えた。大きいチェーン店に行くのはRECORD STORE DAYらしくないと思うけれど、下調べが甘かったのは自分の責任だ。目当てにしていたメジャーなレコードを最低限だけ買った。

本町のtoi booksにも寄った。久々のtoi booksは本がひしめいていて、店主の本棚を眺めているような気持ちになった。「こういった本があることを、足を運んだ客に伝えたい」という意識がとても強い本屋さんだと思っていたけれど、そのリコメンドの意識が陳列の枠を越えだしていて、とてもいい。私が本屋に求めているのは情報の密度なので、この空間はとても居心地がいいなと思った。住みたい。結局は誰かの本棚を覗くのが一番面白い、ということなのかもしれない。

20210613 これからのビジョン

駅前もすっかり人出が戻ってきて、家族連れの姿を多く見かけるようになった。緊急事態宣言が出ていたところで、行政から店舗に対して強い休業要請がないのだから、人出は戻るだろう。

問題は、緊急事態宣言前の生活様式に戻ってしまうと、感染者数はまた増え出してしまうということだ。生活様式以外何も変えずに感染者数を減らしただけなのだから、生活様式を戻したら感染者数はまた増えるだろう。

ワクチンが国民に行き渡るまでのあと何ヶ月間かの間、どうやって社会を進めていくかが問われているのだと思う。

恐らくあと数ヶ月でワクチンが行き渡るのだから(オリンピック開催のように)目をつぶって逃げ切らせてくれ、とばかりに多くのイベントが先走って動き始めているけれど、感染者数が減った以外に状況は変わっていないし、抜本的な対策であるワクチン接種はまだ十分に広まってはいないので、下手すると一気に感染が再拡大してしまい、ワクチン接種のペースに影響する可能性すらある。

目の前のゴールを意識してしまって収拾が付かなくなる、みたいなことがないようにして欲しい。6月20日に宣言を解除したとしても、一ヶ月後にはまた感染者数が増加しているだろう。それとも夏は感染者数が減るという去年のパターンが、運良く今年にも訪れてくれるだろうか。

先のビジョンが見えないと、事業者は活動を先走るに決まっている。ワクチン接種がどんなペースで進むのか、ワクチン接種が進んだら社会活動はどう元に戻していくつもりなのか、私たちに今必要なのは、これからのビジョンだ。